A. LANGE & SOHNE

ドイツ時計界の至宝であり、時計愛好家から「パテック フィリップを唯一追い越せる存在」とも称されるA. LANGE & SÖHNE(A.ランゲ&ゾーネ)。一般的なネット記事では、1990年の劇的なブランド復興劇や、代表作「ランゲ1」のアシンメトリーなデザイン、洋銀(ジャーマンシルバー)製の4分の3プレートなどがよく語られます。しかし今回は、そうした表面的な情報からは少し踏み込み、時計専門誌などの文献から見えてくる「異常なまでの完璧主義」や「村を救うために始まった歴史の深層」に焦点を当ててご紹介します。

■ 単なる時計工房ではない、「村を救うための事業」だった

A.ランゲ&ゾーネの歴史は、1845年にフェルディナント・アドルフ・ランゲがグラスヒュッテに工房を開いたことから始まりますが、これは単なる一企業の創業ではありません。

当時、グラスヒュッテのあるエルツ山地の人々は、鉱山の廃坑により深刻な貧困にあえいでいました。手先が器用で頭脳明晰、かつ人格者であったアドルフ・ランゲは、この村の人々を救済するために政府へ働きかけ、国の援助を受けて貧しい山村に時計工房を設立したのです。

彼が村の若者たちに時計製作の技術を教え込み、やがて彼らが独立して工房を開くことで、グラスヒュッテはドイツ時計産業の聖地として経済的な繁栄をもたらしました。A.ランゲ&ゾーネの原点には、一人の天才時計師の「社会的使命」があったのです。

■ 妥協を知らない狂気とも言える「完璧主義」

新生A.ランゲ&ゾーネの品質の高さは時計界でも別格ですが、その完璧主義を示すあまり知られていないエピソードがいくつかあります。

全モデルで行われる「二度組み」

時計のムーブメントを一度完璧に組み立てた後、再びすべてのパーツを分解し、洗浄してから二度目の組み立て(本組み)を行うのが「二度組み」です。超複雑なコンプリケーションモデルでこの手法を採るメーカーはありますが、すべてのムーブメントに対して二度組みを行っているのは、時計界全体でもA.ランゲ&ゾーネくらいと言われるほど稀有なことです。

50万回のテストと「ダイヤモンドの受け石」

トゥールビヨンのケージを留める新機構を開発した際には、なんと50万回もの過酷なテストを行ったと伝えられています。また、特別なモデルにおいては、通常の高級時計では人造ルビーを使用するバランススタッフ(テンワの軸)の受け石に、あえてダイヤモンドを使用することもあります。

自社製ヒゲゼンマイへの執念

機械式時計の心臓部であり、髪の毛ほどの細さしかない「ヒゲゼンマイ」は、スイスの巨大グループ企業(ニヴァロックス社など)からの供給に頼るのが時計界の常識でした。しかし同社は、自社開発への執念を燃やし、ドイツ勢でいち早く自社製造に成功しています。これにより、モデルごとに最適な厚さや幅のヒゲゼンマイを設計することが可能になり、精度を限界まで高めています。

■ 生産効率よりも「品質」を重視した新ファクトリー

2015年、創業170周年の節目に新しいファクトリーが竣工しましたが、ここにも彼らの異常なこだわりが隠されています。

多数の工作機械が稼働する新工場ですが、建物の基礎には地下15mに達する杭が打ち込まれています。これは、地下の工作機械がフル稼働しても、その微細な振動が上階の組み立て部門(時計師の手元)に一切伝わらないようにするための強固な設計です。

さらに、建物の地下には55機もの地熱交換機が稼働しており、クリーンなエネルギーでホコリが舞わない空調管理を実現しています。この大規模な設備投資は、生産量を増やすことではなく、「加工精度や組み立ての品質を極限まで高めること」だけを目的として行われました。

ネット上では「ランゲ1」や「ダトグラフ」などの外見の美しさが称賛されがちですが、A.ランゲ&ゾーネの真の価値は、こうした見えない部分に隠された狂気的なまでのクラフツマンシップと、創業時から変わらないドイツの質実剛健な精神にあります。

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