
1995年に天才時計師ロジェ・デュブイと、熱狂的な時計コレクターであったカルロス・ディアスの2人によってスイス・ジュネーブで設立された「ロジェ・デュブイ(ROGER DUBUIS)」。
ネット上の記事やSNSでは、「エクスカリバーの派手なスケルトンデザイン」「一流スポーツ選手やセレブが愛用するギラギラした高級時計」といった、エクストリームでアヴァンギャルドな見た目ばかりがもてはやされています。しかし、時計の構造やブランドの哲学を紐解くと、その真の姿は、「数百年前から続くジュネーブの伝統的手仕事を狂信的なまでに守り抜き、その上で『重力』という物理法則を、複数の心臓部(テンプ)を強引に連動させることでねじ伏せようとするマッド・エンジニア集団」であることが浮かび上がってきます。
今回は、派手なルックスの裏に隠された、ロジェ・デュブイの知られざる「伝統への狂信とメカニズムの暴走」についてご紹介します。
■ 拷問のような「全モデル」ジュネーブ・シール取得という足かせ
スイス時計界には、ジュネーブ州で製造され、かつ極めて厳格な品質・装飾基準をクリアしたムーブメントにのみ与えられる最高峰の証「ジュネーブ・シール」が存在します。ネジの頭から見えない歯車の裏側まで、すべて手作業で面取りや鏡面仕上げを行わなければならないため、雲上ブランドであってもごく一部の最高級モデルにしか取得させないのが普通です。
しかしロジェ・デュブイは、ブランド設立当初から「製造するすべての時計でジュネーブ・シールを取得する」という狂気的な目標を掲げ、それを実現してきました。最新のハイテク素材を用いた前衛的なスケルトン時計であっても、その内部パーツの仕上げは「19世紀から続く気の遠くなるような手作業」によって行われています。最先端の顔の裏に、生粋の伝統主義という足かせを自ら嵌めているのです。
■ トゥールビヨンを「2つ」並べて差動させるエゴイズム
重力による精度のズレを防ぐ複雑機構「トゥールビヨン」は1つでも製造が困難ですが、彼らは「エクスカリバー ダブルフライングトゥールビヨン」において、あろうことかこの機構を2つ搭載しました。
ただ並べるだけではありません。彼らは自動車の駆動系などで使われる「ディファレンシャル機構(差動装置)」を時計のムーブメントに組み込みました。2つのフライングトゥールビヨンを歯車で繋ぎ、「2つの脱進機で生じるわずかな精度の誤差を、互いに補正し合いながら平均化して動力を出力する」という変態的なシステムを構築したのです。
■ 「4つの心臓」が共鳴する化け物『クアトゥオール』
彼らの「重力への物理的な反逆」は、ダブルトゥールビヨンすら通過点に過ぎませんでした。「エクスカリバー クアトゥオール(四重奏)」というモデルでは、トゥールビヨンの代わりに、時計の心臓部であるテンプを「文字盤の四隅に4つ」も配置しました。しかも、腕の動きに合わせてどれか1つが最適な水平位置になるよう設置されています。
そして、これら4つの独立した心臓部を5つのディファレンシャル機構で強引に統合。各々が毎秒8振動し、ムーブメント全体で「毎秒32振動(毎時11万5200振動)」という未知の超ハイビートを叩き出しながら、互いに共鳴音を奏でるという、もはやスイス時計の常識を超えた化け物マシンを創り上げたのです。
■ 「Too Much」な精神と、未知のハイテク素材への暴走
パテック フィリップ等で腕を磨いた天才時計師ロジェ・デュブイと、経営者カルロス・ディアスのタッグが生み出した時計は、クラシックな複雑機構を極端に巨大なケースに収めるなど、当時の常識を破壊するものでした。彼らが過去に発表したモデルの名前は、そのものズバリ「トゥーマッチ(Too Much)」や「マッチモア(Much More)」。やりすぎであることを自ら誇示する強烈なエゴイズムです。
その精神は現在も受け継がれており、ケース素材には、航空宇宙や医療分野で使われる「コバルト・カーテック・マイクロメルト」や、驚異的な白さと軽さを誇る独自素材「ホワイトMCF(ミネラルコンポジットファイバー)」など、既存の高級時計ではあり得ないマテリアルを平然と採用しています。
ロジェ・デュブイは、単なる「新興の派手なセレブ時計」ではありません。その本質は、ジュネーブの伝統的な手仕事を絶対に曲げないという狂信的な土台の上に、ディファレンシャルギアで複数の心臓部を強引に連動させ、未知の合金で鎧をまとわせるという、「スイス時計界における『美しきオーバースペック』の極致」なのです。
