スイスのラ・ショー=ド=フォンで1955年に創業したコルム(CORUM)。一般的なネット記事では、国際海洋信号旗をインデックスに配した12角形ケースの「アドミラル」コレクションや、奇抜なデザインの時計ブランドとして紹介されることが多いブランドです。
しかし、その歴史を文献から深く紐解くと、「納品ミスを逆手にとった驚異的な機転」「本物の硬貨を真っ二つにスライスする狂気の加工技術」、そして「独立時計師とのタッグが生んだ常識外れの直線ムーブメント」など、時計業界の異端児と呼ぶにふさわしいエピソードが浮かび上がってきます。今回は、そうしたコルムの奥底にある知られざる歴史とメカニズムの深層をご紹介します。
■ 偶然の「納品ミス」から生まれた奇跡の「ノーマーカー・ダイアル」
創業間もない頃のコルムは、時計の顔である文字盤において、数字も目盛りも一切ない「ノーマーカー・ダイアル」を発表し、時計界に大きな衝撃を与えました。
実はこの斬新なデザイン、最初から狙って作られたものではありません。文字盤業者の手違いにより、「真っ白な文字盤」が納品されてしまったことが発端でした。しかし彼らはそれをボツにするのではなく、やむなくそのまま時計に組み込んで販売に踏み切ります。
すると、その究極にミニマルなデザインが逆に大喝采を浴び、ブランドの名を一躍世界に轟かせる大ヒット作となったのです。ピンチを逆手にとる、圧倒的なプロデュース力がそこにはありました。
■ 歴代大統領が愛した「コインウォッチ」の裏にある狂気の加工技術
1964年に誕生した「コインウォッチ」も、コルムを語る上で欠かせない傑作です。本物の金貨や銀貨を時計のケースに用いたこのモデルは、米国歴代大統領やノーベル賞受賞者、さらには芸術家アンディ・ウォーホルにまで愛された「成功者の時計」として知られています。
しかし、単なる成金趣味の時計ではありません。その構造は、「本物の硬貨を表面と裏面の二枚にスライス(二分割)し、そのごくわずかな隙間に超薄型のムーブメントを挟み込む」という、変態的とも言える精密加工技術によって成り立っています。歴史的な硬貨の芸術的装飾を一切損なうことなく、極薄のドレスウォッチへと昇華させる技術力は、他ブランドの追随を許しません。
■ 「直線上の小宇宙」ゴールデンブリッジと、上下に動く自動巻き機構
1980年、コルムは独立時計師ヴィンセント・カラブレーゼ氏と共同開発を行い、時計の常識を覆す「ゴールデンブリッジ」を発表しました。これは、長さ33mm、幅わずか3mm、厚さ5mm以下という長方形のパイプの中に、140個以上のパーツを一直線に並べて組み上げたバゲット型ムーブメントです。
さらに狂気的なのが、後に開発された自動巻きモデルです。通常の自動巻き時計は半円形のローターが回転してゼンマイを巻き上げますが、この細長いムーブメントにはローターが入りません。そこで彼らは、レールの上を「上下に往復運動」することでゼンマイを巻き上げる「リニア・オシレーティング・ウエイト」という特殊システムを開発したのです。
巻き上げ効率を極限まで高めるため、重りのガイド部分をベリリウム銅製にし、接触するレールにはテフロン加工を施すなど、美しいスケルトンの外観からは想像もつかないほど泥臭いエンジニアリングが詰め込まれています。
■ そしてスイス資本への「完全復帰」という新たなドラマ
長らく独特の立ち位置で熱狂的なファン(コノシュア)を魅了してきたコルムですが、近年は経営体制の変遷もありました。しかし、ブランド創設70周年の大きな節目を前に新CEOが就任し、「スイス資本に完全復帰」を果たしたことが時計専門誌でも高く評価されています。
コルムの真の魅力は、奇抜なデザインの裏に隠された「失敗を芸術に変えるセンス」と、独立時計師をも巻き込んで常識外れのメカニズムを実現してしまう「執念の時計作り」にあるのです。
