世界三大時計の一つに数えられ、1755年の創業以来、一度も途切れることなく存続している世界最古の時計メゾン「ヴァシュロン・コンスタンタン(VACHERON CONSTANTIN)」。
ネット上の記事では、ラグジュアリースポーツの「オーヴァーシーズ」のプレ値や、マルタ十字をあしらった気品あふれる「パトリモニー」、雲上ブランドとしての格式の高さばかりが目立ちます。しかし、文献からその真の姿を紐解くと、彼らは単なる上品な老舗などではなく、「時計の歴史を変えた工作機械の発明者」であり、現代においては「常軌を逸した数の複雑機構を強引に1つの時計に詰め込む超絶メカニズムの実験場」であることが分かります。今回は、優雅なドレスウォッチの裏に隠された、ヴァシュロン・コンスタンタンの知られざる「マッド・エンジニアリング」と職人の執念についてご紹介します。
■ スイス時計を近代化させた「パンタグラフ」の発明
ヴァシュロン・コンスタンタンは手作業の極致というイメージがありますが、実は時計業界の「工業化」のパイオニアでもあります。
1839年にメゾンに雇い入れられた時計師ジョルジュ・オーギュスト・レショーは、ムーブメントの地板に穴を開ける機械「パンタグラフ」をはじめとする工作機械を発明しました。これにより、時計部品の高精度な加工と製造効率が飛躍的に高まり、スイス時計の近代化に多大な貢献を果たしたのです。
彼らは伝統的な手仕事(キャビノティエの精神)と先進の機械加工を、2世紀近く前から矛盾なく共存させてきました。
■ 「2つの速度」を切り替える変態的カレンダー機構
現代の彼らが作った狂気的なメカニズムの筆頭が、「トラディショナル・ツインビート・パーペチュアルカレンダー」です。
永久カレンダーは止まってしまうと日付調整が非常に面倒という弱点があります。そこで彼らは、1つの時計の中に「2つのテンプ(心臓部)」を組み込むという前代未聞の設計を行いました。
着用している時は高精度な「毎時3万6000振動(ハイビート)」で動き、時計を外して置いておく時は、ボタン操作で「毎時8640振動(ロービート)」のスタンバイ・モードに切り替えます。これによりエネルギー消費を極限まで抑え、なんと「最低65日間」もカレンダーを止めずに動き続けるという、ハイテク省エネマシンのような驚異的なギミックを実現しています。
■ 「57の機能」と「6293個の部品」。複雑さへの暴走
彼らの複雑機構(コンプリケーション)への探求心は、もはや「やりすぎ」の領域に達しています。
2015年の創業260周年には、不可能と言われたユダヤ暦の永久カレンダーや3軸トゥールビヨンなど、「57もの複雑機構」を搭載した世界一複雑な時計『リファレンス 57260』を発表。さらに41の複雑機能を腕時計サイズに収めた『レ・キャビノティエ・ソラリア・ウルトラ・グランドコンプリケーション』を完成させました。
2025年には記念モデル「Solaria Perpetuum」を発表し、「機械部品数6293点、全長107cm」という常軌を逸したスケールの中に、オンデマンドで動くオートマトン(からくり)と23の複雑機構を組み込むという、神の領域の時計作りを行っています。
■ 100年前の旋盤が現役。自社の時計を「完全修復」するプライド
これほどの最先端メカニズムを開発する一方で、彼らのジュネーブの工房には「100年以上前の手動旋盤」が今も現役で稼働し続けています。
ヴァシュロン・コンスタンタンには、過去に自社で製作したほぼすべての時計の部品データが保管されており、何百年も前のアンティーク時計が持ち込まれても、この古い工作機械を使って当時と同じように部品を削り出し、完全に修復してしまう修復部門が存在します。何百年経とうが自社の製品は絶対に見捨てないという、世界最古のメゾンとしての圧倒的な矜持です。
ヴァシュロン・コンスタンタンは、ただ貴金属を纏った美しいだけの時計ではありません。その本質は、時計界を近代化させたエンジニアリングの血脈と、「1つの時計に数十個の複雑機構をねじ込む」という果てしない狂気、そして数百年前の時計すら完璧に直す「キャビノティエ(職人)」たちの執念が同居する、「スイス時計界の生きた伝説にして、永遠の開拓者」なのです。
