天才フランク・ミュラーのコンプリケーション(複雑機構)部門で手腕を発揮し、2002年に自らの名を冠して立ち上げられたブランド「ピエール・クンツ(PIERRE KUNZ)」。
一般的なネット記事では、針が反復運動をする機構「レトログラードの魔術師」といった異名で紹介されることが多いブランドです。しかし、文献からその時計作りの深層を紐解くと、彼の真の凄みは、「超絶複雑機構を『カジノの遊び』へと昇華させる狂気のエンターテイナー」としての顔にあることが分かります。
今回は、彼を象徴する変態的な傑作「クリーンスイープ トゥールビヨン」を例に、ピエール・クンツの知られざる狂気についてご紹介します。
■ 盤面を“一掃”する。常識外れの「トリプル・レトログラード」
ピエール・クンツはレトログラードを多様に操ることで知られていますが、「クリーンスイープ」に搭載された3本のレトログラード秒針の動きは常軌を逸しています。
通常、複数の針で秒を分割表示する場合、例えば0〜20秒を担当する針は、20秒に達すると瞬時にゼロへ戻り(フライバックし)、次の針が動き出します。
しかしクンツの設計は違います。0〜20秒、21〜40秒を担当する針は、終端に達しても戻らずに「その場に留まり続ける」のです。そして、最後の41〜60秒の針が60秒に達した瞬間、なんと「3本すべての針が同時に、一瞬でゼロへとフライバックする」という途方もないギミックを組み込みました。
この盤面の針が一気に“一掃”されるダイナミックな動きから、カジノの隠語で「一人勝ち」や「総取り」を意味する「クリーンスイープ」という名が与えられています。
■ 「ルーレット」を空中に浮かべるフライング・トゥールビヨン
この時計の6時位置には、姿勢差を補正する超複雑機構「フライング・トゥールビヨン」が搭載されています。
ただ技術を見せつけるだけでなく、ここにもカジノの狂気が宿っています。回転するキャリッジ(籠)の造形をよく見ると、なんと「カジノのルーレットホイールの中央にある取っ手」をモチーフにして作られているのです。
さらに、そのルーレットが回る様子をより強調するために、トゥールビヨンの機構自体を文字盤のギリギリ近くまで高く持ち上げて設置するという、ドラマチックな造作を行っています。
■ 外装にまで隠されたギャンブルの世界観
遊び心はメカニズムにとどまらず、ケースの装飾にまで徹底されています。
ピエール・クンツの時計といえば、ケースサイドに刻まれた伝統的な「コインエッジ装飾」が特徴ですが、このモデルにおいては、リューズ周りにあえて「格子状の装飾」を施すという新たなスタイルを提示しました。実はこれも、カジノのルーレットテーブル(賭けのマス目が描かれたレイアウト)を模した意匠なのです。
「ピエール・クンツ」は、単なる凄腕の時計師ではありません。数千万円クラスの最高峰のメカニズムと伝統技術を駆使して、本気で「大人のための究極のギャンブル・トイ」を作り上げてしまう、時計界における異端のエンターテイナーなのです。
