IWC

「質実剛健」「男の時計」といった硬派なイメージで語られることの多いIWC(インターナショナル・ウォッチ・カンパニー)。ネット上では「ポルトギーゼ」や「パイロット・ウォッチ」といった定番モデルの端正なデザインが注目されがちです。

しかし、文献からその歴史とメカニズムを深掘りすると、「アメリカ的合理主義とスイスの伝統の異端な融合」「プロトタイプを川に投げ捨てる技術者の狂気」、そして「22世紀の未来まで見据えたカレンダー機構」といった、エンジニアリングに対する異常なまでの執念が浮かび上がってきます。今回は、IWCの知られざる奥深いエピソードを中心にご紹介します。

■ スイス時計界の異端児。「アメリカ的合理主義」と「水力発電」

IWCはスイスのブランドですが、1868年の創業者はアメリカ・ボストン出身の時計師、フロレンタイン・アリオスト・ジョーンズです。彼は、アメリカ式の先進的なオートメーション(大量生産)技術と、スイスの卓越した職人技を融合させるという野心的な目的を持っていました。

そのため、彼があえて創業の地に選んだのは、時計産業の中心地であったフランス語圏のジュネーブやジュウ渓谷ではなく、ドイツ国境に近いドイツ語圏のシャフハウゼンでした。理由は極めて合理的で、ライン川の豊かな水流を利用した「水力発電」によって工場を稼働させるためだったのです。

このアメリカ的な合理主義と近代的なアプローチが、IWCの「質実剛健なエンジニアリング」の原点となっています。

■ 失敗作を「ライン川に投げ捨てる」伝説の技術者

IWCの歴史を語る上で欠かせないのが、1944年に技術責任者に就任した伝説の時計師、アルバート・ペラトンです。彼は、IWCの象徴とも言える高効率な「ペラトン自動巻き機構」を開発した人物ですが、その時計作りに対する姿勢は常軌を逸した完璧主義者でした。

当時、時計界では薄型化がトレンドになりつつありましたが、ペラトンは薄型を嫌い、「頑丈さ」を何よりも優先しました。そして、自分が設計したプロトタイプ(試作品)が少しでも満足のいくものでないと、工場のすぐそばを流れる「ライン川に投げ捨てて、最初からやり直していた」という狂気的な逸話が残されています。

この一切の妥協を許さない姿勢が、IWCの圧倒的な耐久性を生み出しました。

■ 100年先を見据え、西暦「2」のパーツを約束する永久カレンダー

ペラトンの愛弟子であり、IWCの頭脳と呼ばれたクルト・クラウスもまた、時計界に革命を起こしました。1985年に彼が発表した「ダ・ヴィンチ」の永久カレンダーは、当時の時計界の常識を覆すものでした。

通常の永久カレンダーは、ケースサイドに隠された複数のボタンを専用ピンでチマチマと押して各暦を合わせる必要がありましたが、クラウスは「リューズを回すだけで、日、曜日、月、年、ムーンフェイズのすべてが連動して一斉に切り替わる」という極めて合理的なメカニズムを開発したのです。

さらに狂気的なのが、文字盤に「4桁の西暦」を表示させている点です。この西暦表示の上2桁は「20」で固定されていますが、IWCは2100年を迎える際に、このプレートを「21」や「22」の数字が刻まれたパーツに交換することを約束しており、遠い未来までのサービス継続を前提として設計されているのです。

■ 「精度」のために常識を無視したポルトギーゼの巨大化

現在、IWCで最も人気のあるドレスウォッチ「ポルトギーゼ」の誕生秘話も、彼ららしいエンジニアリングの極致です。1939年、2人のポルトガル人時計商から「マリンクロノメーター(航海用精密時計)級の高精度な腕時計が欲しい」という依頼を受けました。

当時の腕時計は小ぶりなサイズが常識でしたが、IWCは「時計の心臓部であるテンプが大きければ大きいほど、慣性モーメントが大きく振動が安定し、精度が高まる」という物理的法則を優先しました。そこで彼らは、腕時計の常識を無視し、巨大な「懐中時計用のムーブメント」をそのまま腕時計のケースにねじ込んだのです。

その結果、当時としては規格外の大型サイズとなりましたが、圧倒的な高精度を実現しました。デザインや流行よりも、「精度と機能」を最優先するこの時計作りの哲学こそが、ポルトギーゼの真髄です。

IWCは、単に美しい時計を作るブランドではありません。その根底には、創業時から流れるアメリカ的合理主義、プロトタイプを川に捨てるほどの頑丈さへの異常な執着、そして物理的法則を絶対視する「生粋のエンジニア集団」としての矜持が隠されているのです。

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