
1983年、クォーツショックの嵐が吹き荒れ、スイスの機械式時計が壊滅的な打撃を受けていた時代に、時計師ゲルト・R・ラングが「機械式時計の復権」を掲げてドイツ・ミュンヘンで創業したクロノスイス(現在はスイス・ルツェルンに本拠地を置く)。
一般的なネット記事やカタログでは、「オニオン型リューズやコインエッジベゼルなどのクラシカルな意匠」や、「時・分・秒を独立表示するレギュレーターの代名詞」といった、伝統を重んじる端正なブランドとしての評価が並びます。しかし、そのメカニズムとデザインアプローチを深掘りすると、その真の姿は「『レギュレーター』という古典的な枠組みを、ジャンピングアワーやレトログラード、果てはスケルトンでカオスに歪ませていく狂気の実験場」であり、「クォーツ全盛期に反旗を翻した、機械式への偏執的な愛とマッド・エンジニアリングの結晶」であることが浮かび上がってきます。
今回は、クラシカルな装いの裏に隠されたクロノスイスの知られざる執念と暴走についてご紹介します。
■ 時代に逆行する狂信。極限まで煮詰めた「レギュレーター」
クロノスイスを象徴するのが、1987年に発表し大ヒットした「レギュレーター」です。
レギュレーターとは本来、時計師が時刻調整の基準とするために時・分・秒を別々の軸で表示させた「究極の実用時計(標準時計)」のことです。彼らはこれをあえて腕時計の文字盤に持ち込みました。
しかし、クロノスイスの狂気はそこにとどまりません。「デルフィス」というモデルでは、このレギュレーター機構をベースにしながら、12時位置に「ジャンピングアワー(瞬時に数字が切り替わる時表示)」、中央に「レトログラード式(扇状に動き、端に達すると瞬時に戻る)分針」を強引に組み合わせました。さらに最新の「オープンギア レ・セック」では、秒針をレトログラード表示にするという変態的なアレンジを加えています。視認性を高めるための古典機構を、複雑怪奇なメカニズムで視覚的カオスへと陥れているのです。
■ 文字盤のゲシュタルト崩壊。「オープンギア」のメカニズム露出
彼らのメカニズムへの執着は「オープンギア」コレクションにおいて頂点に達します。
通常、時計の文字盤の下に隠されている歯車(輪列)や地板ですが、彼らはあろうことか文字盤の概念を取り払い、ムーブメントの地板そのものを文字盤として露出させました。
さらに、パーツを支えるブリッジを「X型のモノブロック構造」にしてパーツを宙に浮かせたり、時計の顔である文字盤の色を特殊なナノコーティングによって「グリーンからターコイズへと魔法のように変化(カメレオン)」させたりと、伝統的な手作業と最新のコーティング技術を掛け合わせ、精密機械そのものをアヴァンギャルドなアートピースへと昇華させています。
■ 伝統工芸への異常なこだわり。エナメルと手彫りギョーシェ
クロノスイスは、外装のディテールにも決して妥協しません。
象徴的なコインエッジベゼルや大型のオニオン型リューズはもちろんのこと、文字盤には19世紀から続く伝統的な手動旋盤による「本物の手彫りギョーシェ(ギヨシェ)」を堅持しています。
極めつけは、「デルフィス ホライズン」などの特別モデルで見られるエナメル装飾です。手彫りのギョーシェを施した金属の素地の上に、半透明の釉薬を重ねて800度以上の大炎(グラン・フー)で焼き上げる「シャンルヴェ」という技法を平然と採用。少しでも火加減を間違えればすべてが台無しになる拷問のような工芸技術で、色褪せない永遠の美を文字盤に封じ込めています。
■ 「プッシュ式」リピーターと48ヶ月カレンダーの暴走
彼らのマッド・エンジニアリングは、超複雑機構(コンプリケーション)の分野でも異彩を放ちます。
例えば「パーペチュアルカレンダー(永久カレンダー)」モデルでは、12時位置のインダイヤル外周に「48ヶ月(4年分)の月」をすべてアルファベットで描き込み、その内側に閏年の期間を赤字で示すという、他に類を見ない過剰な表示方法を採用しました。
また、15分ごとに音で時刻を知らせる「クオーター・リピーター」では、通常ケース横に設けるスライドレバーをあえて捨てました。代わりに、クロノグラフの名門ホイヤー社出身である創業者ラング氏のルーツを誇示するかのように、「10時位置にクロノグラフのようなプッシュボタン」を配置して音を鳴らす仕組みを構築してしまったのです。
クロノスイスは、単なる「クラシックなデザインのドイツ発スイス時計」ではありません。
その本質は、クォーツ全盛期に反旗を翻した意地を土台に、古典的なレギュレーター機構を分解・再構築し、ジャンピングアワーやレトログラード、エナメルやスケルトンといったオーバースペックな技術で過剰にデコレーションし続ける、「機械式時計への偏執的な愛が生み出した、スイス時計界きっての美しきマッド・ラボラトリー」なのです。
