
「クロノグラフの父」と称される18世紀の偉大なイギリス人時計師、ジョージ・グラハム。その偉大な名を冠し、1995年にスイスで創業した「グラハム(GRAHAM)」。
一般的なネット記事や雑誌では、「左側に巨大なレバーを備えたパイロットウォッチ」「英国の伝統とスイスの技術の融合」といった、武骨でクラシカルなミリタリー時計としての評価が並びます。しかし、その機構や特別モデルのアプローチを深掘りすると、そこにあるのは「『手袋をしたまま操作する』という大義名分のもと、巨大なトリガーを時計にねじ込むマッド・エンジニアリング」であり、さらには「緊急時にはガラスを割って『純金』を取り出せとそそのかす、英国的ブラックジョークの極致」であることが浮かび上がってきます。
今回は、武骨なミリタリークロノグラフの裏に隠された、グラハムの知られざる狂気とユーモアについてご紹介します。
左利き用ではない。「親指」で撃ち抜く巨大トリガー『クロノファイター』
グラハムを象徴する圧倒的なアイコンが、2001年に誕生した「クロノファイター」です。この時計の最大の特徴は、ケースの「左側」に設置された巨大なトリガー(引き金)型のコントロールレバーです。一見すると左利き用時計のように見えますが、実は違います。これは、「パイロットが分厚い防寒グローブを着けた状態でも、右手の『親指』を使って最も素早く確実にクロノグラフを操作(スタート・ストップ)できるようにする」という、実用性を極限まで追求した結果生まれた異形のデザインなのです。
クロノグラフの操作を、まるで戦闘機の操縦桿や銃のトリガーを引くかのようなダイナミックなアクションへと変貌させた、ロマンとマッド・エンジニアリングの結晶です。
視認性のゲシュタルト崩壊。目玉が飛び出た『ソードフィッシュ』
彼らの「見やすさ」に対する執着は、時に常軌を逸したデザインを生み出します。2004年に発表された「ソードフィッシュ」では、あろうことかクロノグラフの2つのインダイヤル(積算計)の上に、巨大なドーム型の拡大レンズを直接取り付けてしまいました。メカジキ(ソードフィッシュ)の飛び出た目を思わせるその異様な風貌は、インダイヤルの数値を拡大して読み取りやすくするという大義名分のもとに実行された、視覚的な暴力とも言えるアヴァンギャルドなデザインです。
「緊急時にはガラスを割れ」。文字盤に『純金インゴット』を埋め込む狂気
グラハムのマッドなユーモアが頂点に達したのが、「クロノファイター ヴィンテージ エマージェンシー ゴールド」です。この時計の文字盤9時位置には、ロンドン市場が認めるスイスPAMP社製の本物の「1g純金インゴット」がそのまま埋め込まれています。そして文字盤には「BREAK GLASS IN CASE OF EMERGENCY(緊急時にはガラスを割れ)」という恐ろしいメッセージが印字されています。極めつけに、硬いサファイアクリスタルの風防を本当に割るための「専用ハンマー」まで付属しているのです。
万が一、世界中どこかで現金が必要な絶望的状況に陥った際、時計を破壊して純金を取り出し換金しろという、究極のサバイバルギアと英国的ブラックジョークを悪魔合体させた狂気の産物です。
文字盤に美女を描き、47mmの巨体を「100g未満」に削ぎ落とす
ミリタリーへの傾倒も尋常ではありません。「ヴィンテージ ノーズアート」モデルでは、第2次世界大戦中のB-17爆撃機などの機首に描かれていた、乗員の士気を高めるための「ノーズアート(ピンナップガールなどのポップな絵柄)」を、文字盤に堂々とプリントしています。
また、「スーパーライト カーボン」では、47mmという巨大なケースサイズでありながら、エポキシ樹脂と3Kカーボンファイバーを駆使することで、時計全体の重量を「100g未満」にまで極限圧縮しています。巨大なレバーを備えた大艦巨砲主義的な見た目でありながら、中身は最先端マテリアルでスカスカに軽量化するというパラドックスを楽しんでいるのです。
グラハムは、単なる「大きなレバーが付いたミリタリー時計」ではありません。その本質は、英国時計の偉人の名を借りながら、親指で操作する巨大トリガーを組み込み、文字盤に純金を埋め込んでハンマーを同梱し、ピンナップガールを描き、最新カーボンで極限まで軽量化する、「実用性という大義名分を隠れ蓑にして、スイス時計界に過激なブラックジョークとオーバースペックを撃ち込み続ける、マッド・クロノグラフ・ラボラトリー」なのです。
