ジェラルド・ジェンタとダニエル・ロートという天才時計師たちの遺産をどのように昇華させているのか、そしてデザインの根底に流れる哲学について、文献からさらに深掘りしてご紹介します。
■ 3音階を奏でる「カリヨン」と、謎の特殊合金「マグソニック」
ブルガリがジェンタやロートから受け継いだ複雑機構の中でも、群を抜いているのが音で時刻を知らせる「チャイミングウォッチ(鳴り物時計)」の分野です。
通常のミニッツリピーターは2つの音の組み合わせで時刻を知らせますが、ブルガリの「ダニエル・ロート カリヨン・トゥールビヨン」は、3本のハンマーと3つのゴングを搭載し、「時をド、15分単位をミ・レ・ド、分をミ」という他に類を見ない3音階の美しい和音で時刻を奏でます。
さらに狂気的なのが、伝統的なオートマタ(からくり人形)を搭載した「コメディア・デラルテ」というモデルです。大聖堂の鐘の音に合わせて文字盤の人物たちが躍動するこの時計は、ミニッツリピーターの美しい音の共鳴を極限まで高めるためだけに、ホワイトゴールドと「マグソニック」と呼ばれる特殊合金を融合させた専用ケースをわざわざ開発しています。
■ 「蝶の羽」で時を刻む奇想天外な機構(パピヨン)
ダニエル・ロートから受け継いだ「パピヨン(フランス語で蝶)」機構も、ブルガリの技術力を示す隠れた名作です。
文字盤の中央に配置された2つのひし形の針が、まるで蝶が羽ばたくように回転と格納を繰り返しながら分を表示するという、非常にアヴァンギャルドな時刻表示機構です。伝統的な針の動きにとらわれないこの表示方法を、トラベルウォッチ(パピヨン・ボヤジャー)などに組み込み、独創的な世界観を構築しています。
■ 定石を打ち破る「南イタリアのスーツ哲学」
ブルガリの時計が圧倒的な色気を放つ理由の裏には、時計デザイン部門を統括するファブリツィオ・ボナマッサ・スティリアーニ氏の「ダンディズム」が深くリンクしています。
ナポリ生まれの彼は、カチッとした構築的なスーツではなく、肩にギャザーを入れた「マニカカミーチャ」など、手仕事を多用した柔らかな仕立ての南イタリアのスーツをこよなく愛しています。彼の「伝統的テクニックを下敷きにしながら、堅苦しくならずモダンな色気を漂わせる」というファッション哲学が、時計作りにも直結しているのです。
かつての高級時計界には「スーツにはレザーベルトのドレスウォッチを合わせる」という絶対的な定石がありましたが、彼は「オクト フィニッシモ」の極薄かつフラットな一体型チタンブレスレットによって、その固定観念を軽やかに破壊し、新しいドレスウォッチの在り方を提示しました。
■ デザイナー自ら金属を削りまくった「リー・ウファン」モデル
彼のデザインに対する熱量を示すエピソードが、現代アーティストのリー・ウファン(李禹煥)氏とのコラボレーションモデルです。
「静的な岩」と「鏡の反射」という詩的な世界観を時計で再現するため、ボナマッサ氏自身がオフィスで硬いチタン製ケースやブレスレットに自らの手でスクラッチ(傷)を入れ削りまくり、机の上がチタンの粉だらけになるまで試作を繰り返したと言われています。そうして完成した、荒々しくも美しい外装と鏡面仕上げの黒グラデーションダイヤルのコントラストは、単なる工業製品を超えた「アートピース」として極めて高い評価を得ました。
ブルガリの真の凄みは、スイスの天才時計師たちが残した複雑怪奇なメカニズムを完璧に作り上げる技術力と、それを「イタリアの伊達男」の型破りなセンスで強引かつエレガントにまとめ上げる、圧倒的なプロデュース力にあると言えます。
