「極薄のドレスウォッチ」や「美しいハイジュエリーウォッチ」として、優雅で上品なイメージが定着しているピアジェ(PIAGET)。1874年の創業以来、「常に必要以上に良いものをつくる」という哲学を掲げ、自社で一貫してムーブメントを製造できるスイスでも稀有な真のマニュファクチュールです。
ネット上では、その美しさやセレブリティに愛されるブランドとしての側面がよく語られますが、時計愛好家やエンジニアがピアジェに抱く畏敬の念は、「薄さを極めるために、腕時計の常識的な構造そのものを解体する狂気」と、「アンディ・ウォーホルすら魅了したアヴァンギャルドな造形美」にあります。今回は、優雅なジュエリーウォッチの皮を被った、ピアジェの知られざる「変態的な薄型エンジニアリング」の深層に迫ります。
■ 時計の基本構造を全否定する「厚さ2mm」への狂気
ピアジェは1957年に厚さわずか2mmの手巻きムーブメント「Cal.9P」を発表して以来、極薄時計のパイオニアとして君臨しています。しかし、彼らの薄さへの執念は、ついに「腕時計の構造の常識」を破壊するに至りました。
通常の腕時計は「裏蓋・ムーブメントの地板・文字盤・ガラス」という何層もの構造で作られます。しかし、極限の薄さを目指した「アルティプラノ アルティメート コンセプト」では、なんと「ケースの裏蓋と、ムーブメントのパーツを支える地板を一体化(兼用)してしまう」という反則的なアプローチをとりました。
さらに、そこまで薄くすると通常の金属では強度が保てず、腕に巻いただけで時計が曲がってしまうため、医療現場などで使われる極めて硬質な「コバルト合金」をケース素材に採用。この結果、ケース全体の厚みが「1スイスフラン硬貨(1.81mm)に迫るわずか2mm」という、世界最薄クラスの手巻き時計を強引に完成させたのです。
■ 「2mmの空間」にトゥールビヨンをねじ込む
ピアジェの狂気はそれだけでは終わりません。2024年、彼らは厚さわずか2mmのアルティメート コンセプトのケースに、あろうことか超複雑機構である「フライング・トゥールビヨン」を組み込んでしまいました。
空間の余裕が全くない2mmの厚みの中に回転するキャリッジ(籠)を収めるため、彼らはトゥールビヨンケージの周囲に独自のボールベアリングシステムを組み込むという特許技術を開発。薄さを思想へと昇華させたピアジェにしか成し得ない、物理学の限界に挑むようなメカニズムです。
■ 限界の薄さで「極限の骨組み」を晒すフライング・トゥールビヨン
ピアジェの凄みは、その薄型ムーブメントをさらにスケルトン(透かし彫り)にしてしまう点にあります。「ピアジェ エンペラドール」に搭載された手巻きフライング・トゥールビヨン(Cal.600D)は、厚さがわずか3.5mmしかありません。
フライング・トゥールビヨンは文字盤側の支え(ブリッジ)を持たず、裏側の地板のみでキャリッジを支えるため、強度の確保が非常に困難です。にもかかわらず、ピアジェはこの薄型ムーブメントの地板を極限まで削り落とし、ギリギリの骨組みだけを残すスケルトン仕様にしました。
キャリッジが比喩ではなく文字通り「空中に浮かんでいる」ように見えるこの狂気的な構造は、優れた時計師とジュエラーの両方の顔を持つピアジェだからこそ実現できた芸術的メカニズムです。
■ アンディ・ウォーホルを虜にした「石の文字盤」
アヴァンギャルドな挑戦は、内部のメカニズムにとどまりません。1972年、クォーツショックの真っ只中に発表されたモデル(Ref.15102)は、巨大なTVスクリーン型のケースに大胆なゴドロン(丸みのある横線)装飾を施し、文字盤にタイガーアイなどのハードストーン(半貴石)を採用しました。
この常識外れの斬新なデザインは、ポップアートの巨匠アンディ・ウォーホルをも熱狂させ、彼が愛用したことで伝説の時計となりました。近年「アンディ・ウォーホル ウォッチ」として復活したこのモデルは、現在でも天然石が織りなすストライプ模様と前衛的なフォルムで、強烈な存在感を放っています。
ピアジェの時計は、単なる美しく薄いドレスウォッチではありません。その内側には、ミクロン単位の薄さを削り出すために時計の基本構造すら解体する「エンジニアの執念」と、時代を先取りしすぎた「アヴァンギャルドな美的センス」が凝縮されているのです。
