「王の宝石商」でありながら、「腕時計のフォルム(形)の魔術師」でもあるカルティエ。その中でも、時計愛好家から熱狂的な支持を集め続けるのが、フランス語で「亀」を意味する「トーチュ」です。
ネット上では「亀の甲羅をモチーフにしたエレガントな時計」といったデザイン面での紹介が主流ですが、文献を紐解くと、この時計が「腕時計黎明期における『丸型』からの脱却」という歴史的意義と、「製造困難な古典的クロノグラフの器」としての裏の顔を持っていることが分かります。今回は、デザインの枠を超えた「トーチュ」の深層に迫ります。
■ 懐中時計の「丸型の呪縛」を打ち破った先駆者
時計のケースといえば「丸型(ラウンド)」が一般的ですが、これには明確な理由があります。かつての時計の主流であった懐中時計(モントル・ド・グーセ)は、チョッキのポケットからすんなりと出し入れするために、引っ掛かりのない丸型である必要があったからです。
しかしカルティエは、1904年に世界初の男性用本格実用腕時計として角型の「サントス」を生み出し、丸型でなければならないという根源的な制約から腕時計を解き放ちました。それに続き、1912年に発表されたのが「トーチュ」です。
樽型(トノー型)にも通じる優美な曲線を持ち、腕に沿うようにデザインされたこのケースは、腕時計ならではの自由なフォルムの探求から生まれた、歴史的な金字塔なのです。
■ 「モノプッシャー・クロノグラフ」という狂気とエレガンス
トーチュを語る上で欠かせないのが、クロノグラフ(ストップウォッチ機能)モデルの存在です。特に愛好家から神格化されているのが「モノプッシャー・クロノグラフ」です。
現在のクロノグラフは、スタート/ストップ用とリセット用の2つのプッシュボタンを備えるのが一般的ですが、モノプッシャーは「スタート、ストップ、リセットの操作を1つのボタンのみで順番に行う」という古典的な機構です。非常に構造が複雑で製造技術の難度が高いため、現在ではごく一部の高級クロノグラフにしか採用されない稀少なメカニズムとなっています。
カルティエは、この極めてマニアックな機構を優雅なトーチュのケースに収めることで、時計愛好家たちの心を掴みました。
■ 1928年の傑作を継承する「カルティエ プリヴェ」
カルティエの伝統的なフォルムを愛好家向けに再解釈する限定コレクション「カルティエ プリヴェ」から登場した「トーチュ モノプッシャー クロノグラフ(Ref.CRWHT00008)」は、この歴史的傑作の真髄を現代に蘇らせたモデルです。
1928年製の歴史的クロノグラフのエレガンスを色濃く継承し、ケース素材には重厚なプラチナを採用しています。その内部には、手巻きの専用キャリバー「Cal.1928 MC」を搭載。厚さわずか10.2mmというエレガントな亀の甲羅(ケース)の中に、製造困難なモノプッシャーの複雑機構を完璧に収めているのです。
「トーチュ」は、単なるクラシカルで美しい時計ではありません。懐中時計の常識を破壊したカルティエの革新的なデザイン哲学と、現代の時計師が悲鳴を上げるような古典的かつ複雑なクロノグラフ機構を、極めてエレガントな曲線の内に静かに隠し持った名作なのです。
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